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大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)1154号 判決

理由

証拠によれば、「控訴人は、昭和三〇年一月頃、代理人奥三代松を介して金五〇〇、〇〇〇円を、被控訴人(単に大映と称することがある。)に対する貸付金として、弁済期を二月後と定め、利息を日歩五銭とし、当時大映の関西支社(単に関西支社と称する。)の総務課長をしていた岡田正夫に交付し、その後弁済期を数回延期し、昭和三一年頃まで右岡田からその利息の支払をうけていた。」ことを認めることができる。

そこで、右消費貸借につき、果して被控訴人がその責に任ずべきかどうかにつき検討する。

証拠を併せ考えると、つぎの事実が認められる。

「大映は、地域的営業部門として関西支社をもうけ、その製作映画の同地方における配給業務(賃貸集金等一切を担保せしめ、その長を支社長と称し、昭和二七年から昭和二八年一二月まで叶善次郎が、その後は伊藤平蔵が右職に就任していた。岡田正夫は、昭和二五年以降昭和三〇年七月まで、関西支社総務課長として庶務、人事、経理の仕事に従事した(ただし、経理係は、昭和二九年一一月経理課に独立昇格し、小貫伝がその課長となつた。)

合資会社奥商会は、戦後関西支社から大映作品の一六ミリフイルムを借受けるようになる、爾来同支社と取引があり、奥三代松がその代表社員をしていた。

関西支社は、その主たる業務は、作品の配収と、その料金の徴集とであつたが、集金は五日あるいは一〇日と遅れがちであつて、自己の成績をあげるためには本社の指示する送金目標を達成せねばならず、その目標額を目安とする本社振出の取立小切手を落すための資金の調達に苦慮していた。これは、単に関西支社だけのことではなく、映画界に共通の現象であつた。

関西支社では、叶支社長が奥三代松と親しかつたので、総務課長の岡田は支社長と相談し、送金目標の不足分につき、奥商会または三代松個人からも(他からも借りていた模様である。)、金融をうけるようになり、支社長自から借りることもあつたが、これはまた支社長の命を受けてする総務課長の仕事でもあつた。右融資は、取引先の好意による短期借入れであるから、無利子であつた。

そして、このような取引は、伊藤支社長のもとにおいても引き継がれ、何度となくくりかえされたが、従来間違いなく決済されて来た。

大映本社としては、表向きは支社が外部から金借をすることは禁止していたものの、支社が前記のように本社指示の送金目標になるべく到達してその営業実績をあげるため依然として支社の責任において他から一時的に金借していることはわかつていたが、これを黙視せざるを得ない実情にあつた。

右のような事情のもとにおいて、岡田の申込みにより本件貸借がなされたのであつて、三代松は、当時自己に金の余裕がなく、たまたま控訴人から適当な利殖をたのまれていたので、前記の如く同人の代理人として利息を定め、関西支社に対する前同様の融資として貸与し、支社長伊藤平蔵名義の小切手と引換えに、金員を交付した。」

ところで、商法四二条が表見支配人の規定をもうけて、第三者を保護する趣旨は、営業主が実際上支配人という名称を附していないが、支配人と同様の権限を有するが如き名称を使用しているときは、これと取引関係に入る第三者において、その名称の外見から、その者がその営業所における一切の取引につき代理権を有するものと考えるのが当然であるから、この外観を尊重し、これを信頼した第三者を救済しようとするためである。そして、どのような名称がいわゆる「本店または支店の営業の主任者たることを示すべき名称」にあたるかは、一概に決し得ないが、この規定の立法趣旨にかんがみるときは、その営業所が外部に対し一定の範囲において独立して取引をなす中心的場所で、一般取引上の観念において、その取引行為が当該営業所の業務に関するものであり、従つてそれが営業所の主任者の業務上の権限に属するものと認められる以上、右営業所に附された名称が支店であるかどうかは、しかく重要でないというべきである。

これを、前記認定事実に徴し考えると、関西支社が、前記のような独立の権限を有し右のような営業活動をするため、送金目標に達しない不足分につき、取引先から無利息で短期融資をうけ、これを補充するが如きは、支社に許された行為ではないにしても、営業のための行為として、外見上、その支社長に属するものと三代松が判断することは、取引上の通念において至極もつともなことであり、支社長が右権限を部下である総務課長に命じて行わしめたとしても、同様三代松において、これを右支社の営業のためにする行為としてそれに疑を差しはさまないことは(昭和二九年一一月経理課が独立して、小貫伝が課長となつた後においても)、当然であつて、関西支社長は、これらの点において、営業所の主任者たることを示すべき名称を用いた表見支配人にあたると思料される。ただ、利息契約に関しては、本件貸与の際の特別な事情から、三代松が岡田にこれを要求し、同人がこれを承諾したのであつて、前記の如く元来映画上映者と映画会社の地方営業所間に行われる一時借入金慣行は無利息で、被控訴人の従来なして来たのも同様無利息の借入金であつたのであるから、取引行為の際に存在する右諸般の事情からして、客観的に観察すれば、一般取引上の観念としては、利息契約までも右支社の営業の範囲内の行為と見ることは無理であつて、この部分については、前記表見支配人の規定は適用がないものと解するを相当とする。岡田にかかる代理権があると三代松が判断するにつき正当事由があるというのであれば、別に民法一一〇条に基き同人の表見代理権を主張すべきであるが、控訴人はその基本代理権等同条に基づく主張はしないところである。

右次第であるから、本件貸借当時、関西支社は右のような取引行為を本社から禁止されておつたけれども、控訴人が善意である限り、表見支配人の行為として被控訴人は、利息の点を除きその責に任ずべきものである。そして、前記認定の如く数年にわたりこの種取引が問題なくくりかえされて来た事跡に徴するときは、本件取引においても、支社長において被控訴人の代理権があると三代松が信ずることは、もつともなことであつて、同人の善意、すなわち控訴人の善意を推認するにかたくない。

従つて、被控訴人は、控訴人に対し、本件消費貸借につき、元本五〇〇、〇〇〇円及びこれに対する履行期後である(履行期後であることは、前記認定事実により明らかである。)本訴状送達の日の翌日であること記録上明白な昭和三二年一二月五日から右支払済にいたるまで商法所定年六分の割合による損害金を支払う義務があり、控訴人の本訴請求は、右限度において理由があるが、爾余の部分は失当として棄却すべきである。

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